当然のように、写真にもいろいろある
空間を平面に還元していることであるから、
三次元を二次元に還元していることになる
ところが、この写真という二次元の世界にもう一つの要素である
時間という概念を取り込り込むことも多い
時間以外にも時代背景であったり、心像が色濃く出ていたり
ときとして、ドキュメンタリーに近く、モデルの生き様に寄り添っていたり
絵画のデッサンとは違い、写真でしか表現できない人体の造形美もある
観る者の知的好奇心を刺激する、蘇らせる作品であれば全てそれでよい。
当然のように、写真にもいろいろある
空間を平面に還元していることであるから、
三次元を二次元に還元していることになる
ところが、この写真という二次元の世界にもう一つの要素である
時間という概念を取り込り込むことも多い
時間以外にも時代背景であったり、心像が色濃く出ていたり
ときとして、ドキュメンタリーに近く、モデルの生き様に寄り添っていたり
絵画のデッサンとは違い、写真でしか表現できない人体の造形美もある
観る者の知的好奇心を刺激する、蘇らせる作品であれば全てそれでよい。
「形あるものはいつか壊れる」と言うが
この画像を見ている限り、
たぶん、この肉体は永遠不滅なるだろう・・ことを思わせる
原則として,ランジェリーで写真を撮らない
通俗的な写真になるからだろうか、
それとも、私自身がランジェリーに興味を持たないからだろうか
・
それでも、こうして載せているからにはそれなりに理由がある
個の力がみなぎっているからだろう。
自分はどこに向かって生きてゆくのか?
・・・そう考えることが「知性」なのだと思う
・
金だとか名誉だとか、運があるとかないとか
そんなことじゃなくて・・
バランスがとれているのか、いないのか
それを決めようとするのは、たぶん既成概念
・
それから、写真に関してはアングルの大切さを説く人たちは多い
人によっては、絶対的な決まりや基準があるかのごとく・・
話を聞いていると、どんどん既成概念に縛られていく、そして、窮屈になっていく
・
社会的に生きていくことは、常識(時には、法律)に縛られることでもあり
それはそれで、いたしかたない
ただ、アートをする時くらいは、この既成概念を持ち込まないようにしたい
・
アングルというのは、そのこと自体が長方形という既成概念であり
それを考えれば、その長方形の中くらいは自由でありたい
1つの被写体を前にして、人それぞれが違う感性と創造性でアングルを決める
無限のアングルが存在する
また、同様な意味で、切ってはいけないアングルというものもない
写真を撮るということは、基本、静止した状態をとる、じゃないと、ブレちゃうから
ところが、僕の撮影では、動きの中でシャッターを切ることが多く、
この画像のように、ブレブレの「作品」も多くある。