「愛と焦燥の間に」


「愛と焦燥の間に」

たぶんそれは、ひとつの部屋。
夜を迎える前の、光の最後の粒子が漂っている。
窓を閉め忘れた風が、カーテンを揺らす。
彼の気配がそこにあった、と感じた瞬間のような、過去と現在が重なる場所。

愛は来て、座る。
何も言わない。
焦燥は立っている。
歩き回り、煙草に火をつけては、すぐに消す。
言葉が壁に跳ね返る。だれもそれを聞こうとはしない。

そして私たちは、そのあいだに生きている。
待つ者として。迷う者として。
愛を信じたいとき、焦燥は耳元で囁く——「まだ足りない」と。
焦燥から逃れたいとき、愛は背を向けて黙っている。

それでも私は、コーヒーの苦みを舌に残しながら、朝を待つ。
あの人の名を、心の中だけで何度も唱える。
それは祈りではなく、呪文でもなく、ただ——残響。

愛と焦燥の間には、時がある。
それは、時計の針では測れない時間。
手に触れられない熱。
見えないまなざし。
名もなき不在の重み。

だから私は、あの部屋に戻る。
何もないテーブルの前に座り、
もう来ることのない扉のほうを見つめている。
言葉もなく、夢もなく。
ただその、”はざま” に。

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【売春島に潜入】人身売買に借金地獄…少女たちを支配した裏社会の実態と、島が辿った衝撃の末路

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「この島」のことは・・・

1975年くらいから、バブル期に30年近く続いていたそうです

私は1950年生まれですから

私がしっかり現存していた時期ですね

その意味では、耳につまされる話なのです

良くも悪くも・・

私の人生は世間と断絶していたところがあって

接待するとか、されるとか

呑んだ勢いで羽目外すとか

・・そんな経験が全くなくて

”未知の領域”なんですね、私にとっては。

異邦人

異邦の肌、異邦の祈り

幼いころ、わたしは鏡の中の自分を、他人のように見つめていた。
黒い瞳は真っ直ぐにこちらを見返し、頬骨の高い輪郭がどこか険しかった。肌は淡く白く、母の手のひらのように柔らかだったが、髪は太く、濃く、目のまわりにはごく淡く、緑がかった色素が浮かんでいた。

わたしの顔は、どちらの民族にとっても、少しばかり“異質”だった。
その異質は、日本という国において、ときに軽んじられ、ときに過剰に扱われた。

アイヌの父と、ポーランド人の母。二つの遠い血が、北海道のある小さな町で交差し、わたしが生まれた。家庭の中では、言葉も祈りも、二つあった。父は山を語り、母は戦争を語った。父の食卓には狩りの獲物が並び、母の皿にはピエロギとザワークラウト。日曜日には十字を切り、月の満ち欠けには川に塩を流した。

だが、外に出ると、世界の色は一変した。
教室の椅子に腰掛けると、無数の目が、わたしを“それ”として見る。違う名前、違う顔、違うにおい。「どこから来たの?」「その顔、なんか変じゃない?」——子どもの無垢な問いかけは、時に鋭く、心の奥深くを裂く。

運動会の練習のとき、陽に焼けた腕を見た男子が言った。「なんかアイヌ人っぽくて原始人みたい」。教室は笑いの渦に包まれた。けれど、笑えなかった。父の手にある斧のタコも、母が縫ったレースの模様も、ひっそりと心の中で泣いていた。

思春期になり、自分の居場所を探そうとすればするほど、その問いはより重く、より苦く、わたしの影を長くした。見た目も、家庭も、文化も、どこかとズレている。でも、ここが日本である限り、わたしは“日本人”であることを求められた。どこかに縛られながらも、どこにも根を下ろせない——そんな生の感覚が、じわじわと胸に広がっていった。

「ハーフでいいね」「異国っぽくてかっこいい」
そんな言葉がまぶたの裏に浮かぶたびに、わたしはもう一歩、沈黙の奥へと歩いていった。わたしは誰にも語らず、自らの声を封じることを覚えた。それは“異邦人”としての処世術であり、自衛でもあった。

だが、大学進学のために東京へ出たとき、少しだけ世界の輪郭が変わった。
多様性という言葉が流行語のように使われ、名前の由来を尋ねる人の眼差しには、興味よりも敬意が宿っていた。だが、それでも、“異邦人”という感覚がわたしの中から完全に消えることはなかった。それは、肌に刻まれた見えない“文様”のようで、誰に見せなくとも、わたし自身がずっと感じているのだ。

——それでも。
最近になって、ようやく思えるようになったのだ。
異邦人であること。それは孤独でありながら、ひとつの祈りに似ているのかもしれない、と。

誰にも届かぬかもしれない、と思いながらもなお言葉を差し出す。
拒まれることを知りながら、それでも沈黙のなかで灯りを掲げ続ける。
その姿は、わたしが幼い頃に見た、森のなかの父の背中と重なる。

そして今、わたしは書いている。
言葉のかけらを並べて、自分の存在を、祈りのように形にしていく。
「違い」は、わたしを引き裂いたが、同時にわたしを織りあげてもいる。

わたしは、「にほん」の内側と外側、そのあわいで揺れながら生きている。
それは、たやすい生ではない。けれど、そこにしか咲かない花があることを、私は知っている。

わたしの名は、二つの大地の声でできている。
その声を消さず、濁さず、震わせ続ける。
たとえ誰にも届かなくとも、その声が、わたし自身を生かし続ける限り。

「祈りのようなものが宿っている」

掛け軸に通じる宗教性を内包しているように見える

このモデルには・・

地上的な存在を超えていく

祈りのようなものが宿っているのかも知れない。

ブランディング

作品の価値を上げていくには

自ら、ブランディングしていくしかない時代なのかも・・

と思ったり

いいものはいつか認められるし・・

とか言う時代じゃないんだね

僕の年代の人たちって

自らをブランディングしていくことが苦手というか

かっこ悪いんじゃない?

と思ったりして

素直にそっち方面に向かって行けない

コロナも過ぎたことだし

そろそろ展示会をしたら?

なんて、話は来るの、彼の地からね

誘いに乗らなくても

自分から声かけてもいいんだけれど

強く、半ば強制されるようじゃないと

動けないの・・

今は決まった仕事してないし

自由な時間はいくらでもとれる

知り合いの展示会にも時間的にはいくらでも行けるけど

なぜか、足がそっちに向かないんだよね

まして、地球の裏側まで飛んでいく・・なんてことは

上の写真は気に入っていて

大自然の中で、こういう写真撮りたいね

希望するモデルさんがいたら、

もしくは、モデルさんじゃなくとも

このブログを観ている方で

ご希望の方がいたら、連絡ください

必ず、しっかり絵にして見せます!

遂に、中国潰しが始まった。

何となく、感じませんか

今、トランプがやってること・・

”したたかな中国潰し”だってこと。

我が国が太平洋戦争に引っ張り込まれたこと

その時と”同じ”じゃないの

あの時は、アメリカとイギリスがグルになって日本を挑発してきた

それにまんまと引っかかって、真珠湾を・・

西欧諸国は、自分たち以外の国が台頭することを許さないの

今回は(対中)経済戦争だけど

来年の今頃は、習近平体制崩れてるよ、きっと

株価の乱降下であたふたしてる人がいるかもしれないけど

それは一時的なこと

”ことの本質”はそんなところにないよ

中国とより関係が深い国順に高関税になってるでしょ

ベトナム、インド、台湾あたりは高いよ

EUは低いでしょ

(インドが高いのはなぜなんだろう?って思う人いるでしょ、次に台頭してくる国も先手先手で叩いておこう‥ってことじゃないかな)

・・ていうことは、

中国とのデカップリングを進めれば

その国の関税は引き下げるつもりだよ、トランプは

こうやって、中国から切り離していき

中国経済の息の根を止めよう・・と図ってるの

この国はどうすればよいか?

中国との繋がりは、僕らが想像する以上に深いから

立ち位置は難しい

でも、そんなに心配するほどじゃないよ

日本は内需だけでも、どうにかなる国だからね。

(外需は20~25%ですから)