撮影のライティング

私が写真家としてはまだ”初心者”だったころから、現在に至るまで長期に渡ってモデルをしてくださった方です。 ふっくらしたモデルさんであれば、ボリューム感や肉感など様々な魅力が撮れますが、このモデルさんは、その真逆で、骨格から筋肉、腱や筋、そして女性らしいふくよかさまで写り込むというような素晴らしい「作品モデル」となります。 

撮影におけるライティングに関して、画像を観ながら解説していきたい。 ただし、私は写真撮影におけるアカデミックな教育を受けたことがないし、また、そのような指導を受けることにも興味はないので、ここで書かれた内容は、あくまでも一個人の経験測から得られた”体験記”として、参考にしていただけば幸いです。 モデルは体育大学舞踊科出身のダンサー(M.I.さん)の画像を使用する。

聞くところによると、体脂肪率7%という驚異的数値を出しているらしい。 したがって、骨格から筋肉、腱など、様々な(体の仕組みとしての)美しさに目を惹かれることと思われます。 ちなみに、上の画像は、右上斜め位置から一灯で撮っているが、この空間全体を薄明るくしている(真っ暗な状態から一灯で撮っているわけではない)。 私個人としては、女性ヌードを撮る場合、このような撮影を最も好む。

上の画像は、二灯による「挟み撃ち」撮影・・ これは女性モデルではあるが、男性を撮影する際は、このような撮影が良いかもしれない。 左右のほぼ横位置から挟み込むようにしてライティングしている。 筋肉の細かな凹凸が美しく写り込む。 左右の光の比を工夫することによって、様々なニュアンスが生まれることも試してみましょう。 この場合の光量は、向かって右から4、左から6の比になっている。

そして、大切なことは、背景をどうするか? ここでは、キャンバス(2.4x6m)にアクリルや墨汁などを使って、濃淡を付けながら、絵画の背景を作るな施しをしている(この背景を単なる布にしてしまうか、自ら工夫してキャンバスに濃淡を付けながら用意するかで、出来上がる作品には決定的な違いが出てきます。 背景は一律のように見えるが、微妙なニュアンスが含まれていることに気付いてほしい。 フォトショップやイラストレイターで編集の際に手を加えることと、原画で撮っておくことはリアリティーの面で決定的な差を生むと私は考えている)。

また、他のページにも記しているが、シャッターを切る瞬間である・・ご存知の通り、シャッターにはタイムラグがある。 特にこのような「筋肉の張り」をフォーカスした場合、モデルにストップかけて止め、そこでシャッターを切ることは最も大切な瞬間を逃していると考えた方が良い。 ポージングとは、止まった瞬間は美しいが、1秒後には筋肉は緩んでしまい、緊張感のある大切な瞬間を逃してしまうことになる。 しただって、止まってと声をかける瞬間にシャッターが切れているとよいことになる(フライイング気味に切っていくことがコツ)。 極端な言い方だが、少しブレても良いなら、ポージングを止めないで切っていくことも考えてみよう。活き活きとした写真にするコツ)。

ほぼ真上位置からの一灯・・こういう撮影では、失敗作が多く出てるが、とても興味深い独特な迫力ある”結果”も得られる。 連射で撮り、”偶然の賜物”を狙った方が良いかもしれない。 ここで断らないといけないが、私はストロボを使った撮影は一切しないので、それらの例(解説)はない。

部屋全体を明るくし、左右から二灯でライティングした例。 ここで、画面の色合いの出し方を考えてみよう・・自分津の場合は「肌の色」を基準として色彩コントロールをすることが多い。 この画像では、肌の色合いは無視して、非現実の世界にしてみた。

ここでは「ライティング」に関してばかり書いているが、トリミングの考え方について記してみます・・そもそも、写真というのは原画のアングルがあって、その後にトリミングするわけです。 原画のアングルは、自分がこうしたいと思うより少し広めにとっておくこと・・これは、正しく普通の考え方です。 

トリミングには二つの考え方があることを知っておきましょう。 一つは、ポートレイトであれば、背景を含めて、被写体を如何にして収めるか(切り取るか)です。 もう一つは、被写体の外側のスペースをどう取るか?という考え方です。 写真に、(それぞれが撮る人の)個性が出るとすれば、このスペースの取り方であることが多い。 上の画像を見ていただくと分かりますが、人物が写り込む上側のスペースは狭く、下側(手前側)のスペースはかなり余裕を持たせてとってます。 これは、写真家の感覚(個性)の問題であり、上手い下手だということではありません。 私がなぜ手前側を広く取るか?というと、この写真を観る人にとって、”臨場感”をもたせたい・・被写体と観る側の距離感を詰めたいというか、現実感を持たせたいのです。 

モデルと写真家の出来ることは、この写真はどうですか?というように、作品を提示することしかできません。 それをどう観るか?は、観る人の想像力(創造力)にお任せるしかないのです。

もちろん、この撮影は女性は畳の上をはった状態で撮影しており、部屋全体は薄暗く、右斜め位置から一灯で撮影している。このような動きの少ない状態でも、筋肉の緩みの出ないうちに素早くシャッターを切るとよい(3秒止めて撮ったら、写真は死ぬと思った方が良い)。 

多少ブレても、止めないで撮ることのリアリティー(迫力)が伝わるだろうか。 

私がストロボを使わない理由は、背後(背景)が近ければ、必ず人物の影が出る(写り込む)。 ここにある画像で、背景に人物の影が写り込んだ画像は一枚もないことに気付いて頂けただろうか。 

「作品撮り」の一例として・・室内は真っ暗ではなく、薄暗い状態になってる。 右真横位置から一灯でのライティング。

このようなポージングを作品として”胸を張って”提示することは、普通の人から見れば”変態的”な行為かもしれない。 もれでも、私の側から言わせてもらえば、性的好奇心を超えた”向こう側の美意識”がそうさせることで、これを単に厭らしい画像に見える方は、健康な方ですが、残念ながら”野暮な人”と言わざるおえない。 厭らしいこと、エロティックであることはアートの基盤を成すことで、大切なことですが、それだけで終わってしまえば動物と同じで、文化的とは言えません。 感性豊かに、広く、深く、鑑賞眼を持ちたいものです。

左の画像について・・背景となるキャンバスの濃淡に注目してください。 この画像は、イスタンブールの展示会へ出展したものだが、背景が布であれば一律の平面になり、出展に値するような作品にはならなかったと思っている。これらは、私の写真を代表する作品群となっている。

この場合は、カメラの設定側の問題になるが、コントラストを弱めにし、薄暗い状況で微かな一灯でライティングすれば、このように撮れる。

写真に限らず、作品を鑑賞することにおいて・・ ”入り口と出口”を作っておく(用意しておく)ことは大切なことだと考えてます。 観る人にとって、その人の感覚(視点)は何処から入ってくるか?そして、何処へ抜けていくか?ということ。 かなり高度な感覚で、主観的な言い方になりますが、その写真を観た瞬間、観た人を惹きつける何かがなくてはならないし、その後、数秒間その作品を鑑賞した後に、観る人の意識を閉じ込めないようにすること、すなわち、”出口”を用意することが大切と考えてます。 人の目が留まらないような作品にはしたくないし、また、(意識を閉じ込めるような)窮屈な作品にもしたくないのです ・・これは私の考え方であり、写真(制作)というのはとても奥が深く、制作者の美意識・哲学によって、多種多様な在り方があることは当然ですが。

背後の斜め上からライティングしている。 普段はカメラはニコンを使っているが、これはシグマ・クワトロを使用。 このシグマ・クワトロは独特なニュアンスのある画像になるが、ほとんどの場合は失敗作になるのでお勧めできない。

左の画像では、アート作品として上手く撮ったと思っているが、撮影として失敗作となっている。 肝心な背中の部分が影になってるので、ボディーペンチングの美しさが伝わりにくい。 ・・自分で描き、自分で撮るとなると、ライティングを工夫するまでの余裕がない。 右は、色の美しさは撮れている。

ボディーペインティングをされる人へのアドバイス・・絵具は子供用の12色の水彩を使用する(食べても無害であるから)。それと、お湯の中で片栗粉をかなり緩く練り、それを溶き湯にすることによって、絵具が体にしみこむこともなく、洗い流しやすい。 そして、女性の体はシャワーで流してもらい、表面の脂分を取り除いておくと、絵具がはじかないでノリが良い。 絵画のように見えるかもしれないが、背景はいつもどおりキャンバス。

モノクロに編集すると、また別のシャープな作品となる。

「作品撮り」 左奥位置から逆光で強めに、右斜め横位置からライティングし、正面からも弱めに光でフォローしている。 この撮影でも、モデルのポージングを止めることはない。

この画像の場合は、左右から挟み撃ちにしたライティングであり、周囲が暗くなっているのは、編集過程でシャドーを入れたからです。 

左右から挟み撃ちにした、私の作品では最も多いライティング。

真っ暗な室内で、上斜め左位置からの一灯ライティング。

能面を被ると、モデルの心情は微妙に変わる。 顔が写らなければ、自分ではもう一人の自分(日常の自分から離れて、本当の自分)を演じられるようだ。

「作品撮り」 

このような「作品」はこのモデルでしか撮れませんね。 とても貴重な画像です。

私がヌードを本格的に取り出した”きっかけ”となったモデルさんです。 このモデルさんにとっても、ヌードになることは初めてのことであり、私にとっても初めての試練になったと思います。 私の(正直な)記憶として、モデルが体育大学(舞踊科)の出身者であり、”女性らしき”素振りを見せなかったことが幸いして、”客観的な目”をもって撮影に臨めてたように覚えてます。 初めて撮ったのが2013年ですから、今年で8年目になるわけです。 2021年の「作品」も楽しみにしてください・・