
晩秋の空気には、どこか人生の終わりをそっと思い起こさせるものがある。木々が葉を落とす姿は、決して劇的ではない。むしろ音もなく、ひとつ、またひとつと、自然の摂理に身を委ねるように降り積もっていく。その静けさは、長い旅路を終えた者が、自らの歩みを振り返る時の、あの深い沈黙に似ている。
夕暮れ時、光が弱まりはじめると、世界は一瞬だけやわらかくなる。色彩は重たく沈み、輪郭は溶けあい、すべてが静かに幕を引く準備をしているかのようだ。その光景に触れていると、人生の黄昏とは、必ずしも悲嘆に満ちたものではなく、むしろ、長い時間を受け止めるための穏やかな場所なのだと気付かされる。
晩秋の風に吹かれていると、自分の内側にも「手放す」という感覚が芽生える。若い頃には強く握りしめていた希望や焦燥や野心が、落葉のようにひらりとほどけていく。そこにあるのは喪失ではなく、軽やかさだ。人生の終末とは、すべてを抱えることをやめ、必要なものだけを胸に残していく過程なのかもしれない。
そして、晩秋の冷たさには、どこか不思議なぬくもりがある。確かに風は冷たく、夜は早く訪れる。それでも、木々の幹に残るわずかな陽の温度や、家々の窓に灯る小さな光を見つめていると、静かだが確かな希望を感じる。
人生の終わりもまた、こうした晩秋のように、静寂の中にひそかな光を宿しているのだろう。すべてが落ち着き、余白だけが残ったとき、ようやく人は、自分の歩んできた道の美しさに気付くのかもしれない。
















