
物語が好きでないのではなく、
それよりも興味深いものが沢山あったからだと思う
音から発せられるもの、ビジュアルから見えるもの
それらが優先されたからだと思っている
したがって、感覚ばかりが先行し、
言語による具現化された「他人の人生」を知らないまま生きてきたように思う
要は、人生のスタートで、他人の経験を疑似体験していない
・
これらのことから、
安易な人生を送ってしまったのかもしれないとか、
しないで済む失敗もしたかもしれないとか、
言葉で伝えればよいところを、それが出来なかったことによる誤解とか、
もう少しましな人生になっていたかもしれないとか、
いろいろと考えてしまう
・
とは言っても、
もう一度やり直せたら・・などという未練がましいのは性に合わない
人生は一度で十分だし、そう長生きしたいとも思ってない
過去を振り返るつもりはないし、後悔することもない
ただ、”自分が犯した罪(道義的責任)”から逃れるつもりもない。






