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最近気が付いたことだが、政治や経済系のジャーナリスト、起業家、弁護士や学者など様々な専門分野を持つ者がユーチューバーとなり、言いたい放題をいい始めている・・実はね・・ということで、真実を明かし始めている。 オールドメディア(特に、朝日、毎日新聞など)論説員やテレビのワイドショーなどでのコメンテイター、アナリスト、キャスターなどと言われる人の偏向報道があまりにひどすぎるからなのでしょうね・・彼らの後ろにはスポンサーが付いてるし、中国や韓国から株””などで金銭的に支えらていることもあり、野蛮な中国(共産党)、デタラメな韓国への”忖度”が働いていることは十分想像できる。 また、忖度の働く人しか、テレビには出られない・・・だから、オールドメディアやテレビはますますつまらなくなる。 10年後には新聞はなくなりそうだし、ワイドショーなどを観ているのは、老人ホームの人たちだけでしょうね。 だいたい、若者はテレビ観ないし・・

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別に隣国の悪口は書くつもりはなく、物事を論理的に思考する人の多くはアート(芸術)のことは分からないのだろう・・と察するようになった。
ユーチューブなどでよく見かける解剖学の専門家で養老先生と言われる方がいる。 様々な分野の様々な質問へ的確に応えられる。 (この世の)不合理であることを、合理的に説明することもできる。 一つの道を極めた”哲人”とも言える。 そんな彼でも、アートのことになると、”その在処、存在意義”を説明できるが、自らが”感じる”ことは出来ないようなのだ。

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”揺れる魂”を感じられる人は、この世にどれくらいいるのだろう? 岡本太郎のように、”自身の芸術の源”を活字に置き換えることのできる人は稀である・・彼を有名にした一つの理由。 ほとんどの芸術家は活字で説明することをしていないし、出来ない。 だから、美術館などへ行けば、「作品の評論・案内」が長々と記されている。 来場するものは、その活字を見て分かった気になれる。 ここで、ひとつの”真実”が見えてくる・・解ることよりも、解った気になれることがより重要なこと。

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ピカソを理解できる人はどれくらいいるだろうか? マティスはどうだろう? 写真の話に戻せば、アラーキーがなぜアラーキーなのかを分かる人も少ない・・正直なところ、僕にもよく解らない・・・一貫したポリシーがあることだけは分かるが。

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著名な人たちは、概してIQが高いが、IQが高いことと芸術への造詣があるかないに相関関係がないことが分る。 ”揺れる魂”を感じられるかどうかはIQとは無縁だが、 ”揺れる魂” を創作するとなると、IQが関わってくることになる。 ビジュアルアートはさほどでもないが、音楽や小説となると、時間の概念が加わってくることになり、IQとのかかわりは深そうだ。

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IQの話ばかりになるが、実社会では良い頭でなく、丈夫な頭が必要であるように、芸術では、繊細な感覚を必要とするが、それよりも”丈夫な感性”を持ち合わせてないと、創作は続けられない。 繊細なだけじゃ、何事もなしえない・・ということ。

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前田敦子 写真集『Beste』――人物の「存在感」をどう写すか
人物写真で大切なのは、被写体を美しく見せることだけではありません。
表情、視線、姿勢、身体の向き、光、そして撮影者との距離。それらが組み合わさることで、一枚の写真の中に、その人だけが持つ存在感が生まれます。
前田敦子さんの写真集『Beste』は、人物を撮影するクリエイターにとって、「その人らしさを、どのように一枚の写真として表現するか」を考えるきっかけになる写真集です。
◆ クリエイターの視点で見る『Beste』
写真を見るときは、表情だけではなく、視線・身体のライン・カメラとの距離・光と影・背景の余白にも注目してみてください。
「なぜこの瞬間を選んだのか」「なぜこの構図にしたのか」と考えることで、写真家が被写体の魅力をどのように発見し、画面の中に配置したのかが見えてきます。
有名な人物だからこそ、「知られていない表情」を探す
多くの人に知られている人物を撮影するとき、写真家は既に存在するイメージから自由になる必要があります。
誰もが知っている表情を再現するのではなく、撮影の場でしか生まれない新しい表情や一瞬の空気を見つけること。
それは人物写真における重要な仕事の一つです。
『Beste』を見るときも、「この人を知っている」という先入観を少し横に置いて、「この写真では、どんな人物が見えているのか」という視点で眺めてみると、新しい発見があるでしょう。
一枚の写真から撮影方法を逆算する
写真集は、クリエイターにとって優れた撮影資料にもなります。
被写体との距離、カメラの高さ、焦点距離、絞り、光源の位置、背景との関係、そして画面に残された余白。
それらを観察しながら、「自分ならどう撮るか」を考えてみる。
写真を見るだけで終わらず、そこから撮影方法を想像することで、写真集は実践的な人物表現の教材になります。
「きれい」から「なぜ」に変わったとき、写真の見方が変わる
一枚の写真を見て「きれいだ」と感じることは、写真を見る第一歩です。
しかし、そこから「なぜ自分はこの写真に惹かれたのか?」と考え始めると、写真を見る目はさらに深くなります。
それは、視覚的な好奇心を、写真表現についての知的な好奇心へ変えていく作業でもあります。
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アラブ諸国へ”負の関与”をしてない日本