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「自然である」ことの定義付け・・西洋と日本の違い。 西洋では、自然は無秩序なものであるから、人間が秩序立てるという考え方をする。 風景画を描くにあたっても、山や木々、海や川などを在りのまま描こうとはしない。 自然までをも(人間様が)秩序立てるという考えが(根底に)存在する。 方や、日本においては、自然自体が尊く美しいものであるから、自然の在りのままを描写しようとしてきた。 意識の根底には、人は自然の一部であり、人さまが介入する余地はないと考えるからなのだろう。 西洋では人間様が最も尊く、自然は時として驚異であり、決して有難いのでものではなく、いかにして自然をコントロール下に治めるか?と考えるようだ。 日本では、自然と人間には分け隔てもなく、優劣なども存在しなかったと思われる。 アートの世界においても、”このような認識”を心得ていないと、真の理解は得られないかもしれない。
21世紀に至っては、これまでの「自然観」は西洋でも東洋でも変異しつつあり、文化のフローバル化が進み、相互にかなり近いづいた感がある。 ・・というより、東洋的自然観が時代の潮流になってきたようだ。 環境汚染が続き、自然をコントロール下に治めようなどとする”思い上がり”には、終止符を打たないとならないと考えるようになったのだろう。