
人体美とは、完成された形の中だけに存在するものではない。
むしろ、完全ではない身体、予定されていない動き、モデル自身も気づいていない一瞬の表情の中に、生命の存在を感じることがあります。写真家があらかじめ決めたポーズをモデルに求めるのではなく、モデルとの信頼関係の中から自然に生まれる瞬間を待つ。その瞬間を発見することも、写真家の仕事だと思っています。
ここで、ヌード写真は人体表現へと変わります。
身体の形を写すだけではなく、身体を通して、その人の存在そのものを表現する。光と影、構図、距離、視線、空間、そして偶然。それらが重なったとき、写真は単なる記録ではなく、一つの作品になります。
しかし、そこで終わりではありません。
一枚の写真を見た人は、写っている身体だけを見るわけではありません。「この人はどんな人なのだろう」「なぜ、この姿をしているのだろう」「写真家は何を見て、この瞬間を撮ったのだろう」と想像します。つまり、写真を見るという行為は、写されたものを見るだけでなく、写されていないものを想像することでもあります。
私は、そこに写真の面白さがあると思っています。
写真家がすべてを説明してしまえば、見る人の想像する余地はなくなります。写真には、あえて説明されない部分、沈黙している部分が必要です。見る人が自分自身の経験や感情を重ねることで、写真は初めて完成するのではないでしょうか。
だから、私にとって写真とは、単に「美しいものを写す技術」ではありません。

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Model-Yu : standing pose collection 8