家政婦の仕事を頼んだのは、腰を痛めたからだった。少なくとも、人にはそう説明していた。
五十八歳で一人暮らしをしていると、部屋が散らかっていても困るのは自分だけだ。その自分が困らなくなったあたりから、暮らしは急に荒れた。
木曜日に来る秋山さんは、四十六歳だと言った。結婚していて、大学生の息子がいる。その話は、最初の日に彼女自身がした。
私は年齢を聞いていないのに、なぜ教えてくれたのだろうと考えた。今になれば、こちらを安心させるための、ごく普通の自己紹介だったのだと思う。
秋山さんは美しい人だった。
しかし、その言葉だけでは、私が彼女を待つようになった理由を説明しきれない。流しに向かって袖をまくる仕草や、棚の奥を見るために少し身をかがめる姿に、私は必要以上の注意を払っていた。
ゆったりした仕事着でも、腰から下の豊かな輪郭は隠れなかった。私は新聞を読んでいるふりをしながら、同じ記事を何度も読み直した。
「この雑誌、捨てていいですか」
ある日、秋山さんが机の下から古い雑誌を引き出した。
表紙を見て、私は慌てた。
「いや、それは」
彼女は私の顔を見て、雑誌を元の場所へ戻した。
「大切なものは、先に分けておいてくださいね」
責める声ではなかった。それがかえって恥ずかしかった。
その晩、私は雑誌をひもで縛った。一番上の表紙に、女性の身体を大げさに褒める見出しがあった。昼間の自分の視線と、たいして違わないと思った。
翌週、私はいつもより早く髭を剃った。
玄関の鏡で襟を直しながら、掃除を頼んだだけの男が何をしているのか、と自分に尋ねた。答えはわかっていたが、言葉にしたくなかった。
秋山さんは雨に濡れた傘を畳んで入ってきた。
「今日は冷えますね」
「お茶でも、先に」
「ありがとうございます。でも、終わってからにします」
彼女は仕事の順番を崩さなかった。私はその返事に、勝手な期待を少し削られた。
掃除が終わると、二人で台所の椅子に座った。彼女が湯飲みを持つ左手には、細い指輪があった。洗剤で荒れた指の付け根に、小さく光っていた。
「ご主人は、お茶を飲みますか」
口にしてから、妙な質問だと思った。
「飲みますよ。どうしてですか」
「いや、なんとなく」
「この前、急須を割っちゃって。今は二人ともマグカップです」
秋山さんは笑った。
私は夫という存在を、それまで輪郭のない障害物のように考えていた。けれど、その話には、割れた急須を片づける二人の暮らしがあった。
帰り際、彼女は玄関で靴を履くために身をかがめた。
私はまた、見てしまった。
美しいと思うことと、失礼なことをするのは同じではない。そう言い聞かせながら、その境目を都合よく動かしている自分も知っていた。
「では、来週」
秋山さんが振り返ったので、私は慌てて目を上げた。
扉が閉まったあと、部屋には洗剤の匂いが残っていた。私はきれいになった台所で、湯飲みを二つ洗った。
来週も来てほしいと思った。
その気持ちの何割が掃除のためなのか、私はもう計算しなかった。
