グラビアやアイドル写真にはない・・

顎がしっかり写り込んで、顔はほとんど見えない

グラビアやアイドル写真にはないアングルですね

こうして見ると、顎の輪郭には存在感があるし、美しいでしょぅ?

健康な人ですが、野暮な人です

こういうポージングでの画像は少ないのですが

細かな筋肉の盛り上がりなどが見えることもあり

造形美として、かなり興味深いと思いませんか?

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この画像を見て、「右横位置から見たら、どんな図になるのかな?」

と、言った人がいましたが、僕はこう応えました・・・

「そんなあなたは、とっても健康な人ですが、残念ながら野暮な人です」。

Kimono color

 

僕は絵を描くことからビジュアルアートの世界に入って来たこともあって

どうしても、絵画の「仕上がり」と比べてしまう

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何をどう比べてしまうのか?というと・・

写真も絵画も平面であるのに、

油彩やアクリルの絵画なら、その表面に数ミリの厚みがあり、

また、物理的な質感がある(絵筆のタッチや色の重なり具合など・・)

ところが、写真には、視覚的な質感の違いはあるが、物理的な違いは存在しない

要は、展示した際に、”ペラっと”なってしまうことである

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写真でしかできないこと、写真の優位性の問題は別の議論として

今の僕が挑んでいるのは、

デジタル画像でしかできない”あること”に試練を重ねている

写真でも絵でもできなかったことを、

来年の展示会までにはその試作品を出そうと思っている。

 

 

「作品撮り」だけでは食ってはいけない

写真の評価基準または、展示会などの選抜基準・・

写真がアートであることを前提とするなら、

そのような基準を語ることにも意味はないことですが・・

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文学や歌には言葉の壁がありますが、写真には壁というものは存在しません

この壁がないことがビジュアルアートの何よりの強みであり、シビアな世界でもある

地域性(国境)を超えてシェアされていくときに、

評価・選抜基準、人気指標なるものは必然的に生じてくる

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専門的に評価をするのは、

キュレイター(学芸員、評論家と訳してよいのか?)、ギャラリー運営者、絵画なら画商

いわゆる、”目利き”の存在

キュレイターに認められて、展示会やギャラリーに紹介されることもあれば

ギャラリーからの直接的なオファーもある

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この”目利き”と言われる人たちがどんな人たちか?と言えば、

新たな才能ある写真家を見つけ出し、世に知らしめ、評価を高め、

より高い値段で作品(写真)を売ること・・・

当然のこととして、経済的に成り立たないことには手を出さない

1000ユーロ位までなら、普通の人にも買えるが、

3000ユーロ以上となれば、コレクターと言われる(一部のお金持ち)しか、手が出ない

これらは、ヨーロッパでの基準であり、

アメリカならば、同様な評価の作品でも2倍近い金額で取引される(僕の推測ですが・・)

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じゃ、売れる写真というのはどういう写真なのか?

クオリティーが高い作品ということは当然として、

その写真家でしか撮れない写真であること、何よりも個の持つ美意識が勝っていること

たとえ、クオリティーが高くとも、

以前にどこかで見たような写真であれば、売れる以前に評価もされない

・・・シビアなのは、これらの評価がグローバルな基準にあること

”目利き”と言われる彼らは、インターネットで世界中を網羅している

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それから、お気に入りの作品を購入することは当然ですが

コレクターの多くは投資として写真を購入していること

・・・将来、値が上がるかどうか?

また、既に高い評価を得ていて、

購入してもその値が下がらないと考えていることなど・・

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フォトグラファーにはつらいことであるが、

「作品撮り」だけでは食ってはいけないこと

一流と言われる写真家を多く知っているが、

「作品撮り」だけで生計を立てている写真家に会ったことはない。

 

ポートレイトを撮り続ける理由

富士山をふもとから見上げると、その雄大さには他に類を見ないものがあります

ですが、僕の”腕”では、その雄大さはどうやっても写真に撮れません

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ところが、ポートレイトでは、細身でしなやかなモデルさんも

このように雄大に撮れるのです

そこに、ポートレイトを撮り続ける理由の一つがあるのかもしれません。