Based on Japanese culture

・

お二人が美術モデルであるからか、ポージングにストーリー性があることが分る。 美術モデルをされる方にもいろいろな方がいるのだろうが、このお二人はそれぞれにポージングに思い入れがある。 その”思い入れの反応”を私はカメラに収めていることになるのだろう。 カメラマンは、概して、このように撮れれば、自分の腕が良いと思うのだろうが、実はモデルの内面が創る像に因るところだ・・ということに気付かないだろう。

・

・

Based on Japanese culture 

このブログを見ている方は海外の人も多く、ポチッと押せば、フランス語にも英語にもスペイン語にもなるように設定されてますから、私が日本語を書くときも、主語と述語、目的語、または補語を曖昧にしないような日本語を意識的に使うことを心掛けてます・・翻訳機が上手く変換するように。

ところで、上の画像についてですが・・・二人のヌード・デュオを撮る場合、私はポージングはモデル任せに、自分が撮り易いアングル撮るわけです。 すべては、偶然(自然)から生まれてくる像を捉えようと考えるのですが、大陸(主に西洋)の人たちは、ある種の概念の中に取り込もうとします。 どこまでも、作者自身のコントロール下に治めようとします。 ですから、撮影に臨むモデルの意識も異なり、作者の概念も入り込み、”結果”は根底から、過程も含めて大きく違ってくることになります。 大陸(主に西洋)の人たちは言語化することが得意であり、大抵のことは言語で置き換えられると考え、意識下に置こうと考えるようです。 

私たちは自然があるがままにあることも芸術としますが、彼らは出来れば言語化でき、自然さえも自身が描いた概念の中に秩序立てようとしているようです。 文化の原点が異なれば出来上がる”絵”も違うわけです。  

・

・

FANZA関連記事をサイト内から探す

下のリンクは、存在未確認の固定ページURLではなく、tetsurohigashi.com のサイト内検索を直接開く方式に変更しています。

人生にとって「運」の占める領域(重さ)

Published by

不明 のアバター

Tetsuro Higashi

Tokyo Japn Photographer

コメントをどうぞ