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モデルの撮らせるという力
ときどき、撮ろうと思っていないのに、カメラを構えてしまっていることがある。
そこにいるだけで空気を変えてしまうような人。喋るでもなく、ポーズを取るでもなく、ただその場に立っているだけなのに、なぜか「今だ」と感じてしまう瞬間がある。言葉にするなら「存在感」という言葉が近いのだろうけれど、それはとても抽象的で、うまく言い表せない。
モデルの存在感が強いとき、写真家は自分の意思でシャッターを押しているようで、実のところ、すでに「撮らされている」。自分の中にある表現欲や美意識を、モデルの佇まいが静かに、でも確かに刺激してくる。ポーズや光の加減を考えるよりも先に、心が動いて、指が動いて、シャッターが切られている。
良いモデルには、そういう「撮らせる力」がある。
それは外見的な美しさや、テクニックとしてのポージングとは少し違う。むしろ、自分の内側を削り取ってでも、何かを表現しようとするような、静かだけれど強い意志のようなもの。そうしたものがふとした仕草や目線に滲み出てきたとき、写真家はその一瞬を逃したくないと、無意識にレンズを向けている。
こちらが「撮る」のではなく、モデルが「撮らせる」。
その関係性が成立したとき、写真は記録から芸術へと変わる。テクニックや機材では届かない領域に、ほんの一瞬だけ触れられたような感覚。写真家としての幸福は、たぶん、そういう瞬間にあるのだと思う。
model : kuroneko-koyomi photographer : syuppo
