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人体の美と写真表現――ヌード写真から写真哲学へ
私にとって、ヌード写真とは、単に裸の身体を撮影することではありません。衣服という社会的な記号を取り払ったとき、そこに現れるのは、一人の人間が持つ身体と、その身体に刻まれた時間、個性、感情、そして言葉にならない存在感です。
だから私は、人体を「美しい形」としてだけ見ようとはしません。重要なのは、その人にしかない身体の表情を発見することです。姿勢、動き、肌の質感、光と影、視線のわずかな変化。それらが一つになった瞬間、人体表現は単なる記録から写真表現へと変わります。
そして、私が考える人体美は、整ったプロポーションだけに存在するものではありません。少しの歪み、身体の癖、年齢、緊張と弛緩、その人自身が意識していない動きの中にも美しさがあります。むしろ、完璧に作られたポーズよりも、モデル自身から自然に生まれた一瞬に、強い生命感を感じることがあります。
写真家の仕事は、その一瞬を支配することではなく、発見することなのかもしれません。カメラは身体を記録する道具であると同時に、目には見えなかったものを発見する装置でもあります。
ヌード写真から人体表現へ、人体美から写真表現へ。そして最後には、「人間とは何か」という問いへ向かっていく。私にとって写真とは、単に美しい身体を写す技術ではなく、身体を通して人間そのものを見つめるための、ひとつの写真哲学なのです。

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自然体に近いのでしょうか、寛いだ感があります。

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Model-Yu : Lying pose collection 5