
「愛と焦燥の間に」
たぶんそれは、ひとつの部屋。
夜を迎える前の、光の最後の粒子が漂っている。
窓を閉め忘れた風が、カーテンを揺らす。
彼の気配がそこにあった、と感じた瞬間のような、過去と現在が重なる場所。
愛は来て、座る。
何も言わない。
焦燥は立っている。
歩き回り、煙草に火をつけては、すぐに消す。
言葉が壁に跳ね返る。だれもそれを聞こうとはしない。
そして私たちは、そのあいだに生きている。
待つ者として。迷う者として。
愛を信じたいとき、焦燥は耳元で囁く——「まだ足りない」と。
焦燥から逃れたいとき、愛は背を向けて黙っている。
それでも私は、コーヒーの苦みを舌に残しながら、朝を待つ。
あの人の名を、心の中だけで何度も唱える。
それは祈りではなく、呪文でもなく、ただ——残響。
愛と焦燥の間には、時がある。
それは、時計の針では測れない時間。
手に触れられない熱。
見えないまなざし。
名もなき不在の重み。
だから私は、あの部屋に戻る。
何もないテーブルの前に座り、
もう来ることのない扉のほうを見つめている。
言葉もなく、夢もなく。
ただその、”はざま” に。