時間は共有できても、心は共には在りません

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作品:Tatsuyuki Kodama

僕は、Tatsuyuki Kodama氏とは同世代なので、

どういう想いで撮影しているかが何となくわかる・・

外れていたら、ごめんなさい。

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彼は、この女性をエスコトーしながら、シャッターを切っているのだろうが、

彼の心では”高校生”が蘇り、

彼女にとっては、親切で安心できるオジサンなんでしょう。

この永遠に埋まらないギャップが痛いわけですね。

時間は共有できても、心は共には在りません、たぶんね。

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Tetsuro Higashi

Tokyo Japn Photographer

「時間は共有できても、心は共には在りません」への5件のフィードバック

  1. You fine gentlemen are certainly blessed. Graced by the most beautiful women in the world. Capturing forever on film, the stories of her eyes and the perfection of her bodily creation, you bless me as well. Thank you.

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  2. 確か2度目の個撮で日曜日の朝10時頃突然彼女に電話して「今から1時間ほど撮らない?」と言って撮った写真です。手が顔に近い写真が多いのを見ても彼女が一生懸命ポージングしようとしているのが理解してもらえると思いますが、私もレフが風で動くのを押さえたり余裕がない状況でした。ポージングを指示したのはスカートを抑えているのとコートを脱ごうとしている写真くらいだったと記憶しています。仰る通り、この時はまだお互い「この子を撮りたい」「この人に撮ってもらいたい」という信頼する気持ちはあっても心が通じ合うとこまでの関係性はなかったでしょう。それは写真に表れています。私自身もまだ写真に媚が見られますね。その後本気で「息子の嫁に来てくれないかな」と思うようになりましたが、そういう歴史を経て心が通じ合うようになりました。来月撮影します^^

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  3. 高校生が蘇るというのはなくて、私自身子供は息子3人で孫娘もいない環境なので、こんな娘が欲しいという気持ちが非常に強くそれにつきますね。

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