PEAKS 増刊
2,500円

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作家が自らヌードとなり、被写体として作品の前に立つとき、その心境は一言では言い尽くせない複雑さを帯びています。そこには、いくつかの層が静かに重なり合っています。
まず最初に訪れるのは、「剥がされていく感覚」です。衣服を脱ぐという行為は、単なる物理的な裸ではなく、作家として築いてきた立場や評価、言葉による防御を一枚ずつ外していく体験でもあります。自分が生み出した作品の前に立ちながら、今度は自分自身が“見られる側”へと反転する。その瞬間、どこか頼りなく、しかし同時に研ぎ澄まされた意識が生まれます。
次に感じられるのは、「照らし返される感覚」です。作品は本来、作家の内面や時間の蓄積を映し出すものですが、その前に裸で立つことで、今度は作品から自分が見返されているような感覚に包まれます。過去の自分が、現在の自分を静かに問うてくる――そのような時間です。誇りもあれば、未完成さへの自覚もある。その両方を否応なく引き受けることになります。
さらに、「受け入れる感覚」もあります。身体は嘘をつきません。年齢、癖、積み重ねてきた時間の痕跡が、そのまま現れます。作家はその身体を通して、自分の人生そのものを肯定するかのように立つことになります。そこには美しさと同時に、脆さやためらいも含まれています。
そして最後に、「解放に近い静けさ」が訪れることがあります。すべてをさらけ出した後に残るのは、評価や意味づけから一歩離れた、ただ“在る”という感覚です。作家である前の、自分という存在そのもの。その地点に立ったとき、作品との関係もまた、所有ではなく対話へと変わっていきます。
このように、ヌードとなった作家の心境は、羞恥や緊張だけでなく、自己との対峙、作品との再会、そして存在そのものへの静かな肯定へと向かう、深い内面的な旅でもあるのです。

逢田珠里依1st写真集「夏はジュリイ」3,300円