
Model:Makina ― 私が出会った最も優れたモデルの一人
写真家として、忘れることのできないモデル
私はこれまで、100人を超える女性モデルを撮影してきた。
年齢も、容姿も、性格も、撮影経験もさまざまである。プロとして活動するモデルもいれば、私のカメラの前で初めてモデルを経験した女性もいる。
それぞれに個性があり、それぞれに美しさがあった。
しかし、長年撮影を続けていると、写真家として特別な印象を残すモデルに出会うことがある。
Makinaは、間違いなくその一人であった。
私がこれまで撮影してきた数多くの女性の中でも、最も優れたモデルの一人であったと思っている。
では、優れたモデルとは何なのだろうか。
容姿が美しいことなのか。均整の取れた身体を持っていることなのか。それとも、ポーズの種類を数多く知っていることなのか。
もちろん、それらもモデルとしての資質ではある。
しかし、私が考える優れたモデルの条件は、もう少し違うところにある。
それは、自分の身体を使って、自分自身の美を表現できることである。

写真家がポーズを作るのではない
私の撮影方法は、一般的なポートレート撮影とは少し異なっている。
背景を決め、光を作り、必要であれば衣装を選ぶ。そこまでは私の仕事である。
しかし、撮影が始まれば、基本的にポーズはモデル自身に任せる。
右手を上げてください。顔をこちらに向けてください。もう少し身体をひねってください。
そのような細かな指示を繰り返す撮影は、私の好みではない。
なぜなら、写真家がポーズを作りすぎると、そこに写るのはモデル自身の表現ではなく、写真家の意図をなぞった姿になってしまうからである。
優れたモデルは、身体の動きの中から、自分自身の表現を生み出していく。
そして、写真家はその一瞬を見逃さずにシャッターを切る。
私は、このような撮影を理想としている。
Makinaを高く評価しているのも、単に美しい女性であったからではない。
私にとって彼女は、被写体であると同時に、写真表現を成立させるための重要な存在であった。
美しさは、静止した姿だけにあるのではない
人物写真で難しいのは、人間の自然な動きを一枚の静止画像に閉じ込めることである。
人間の身体は常に変化している。
重心が移動し、肩の角度が変わり、指先が動く。顔の表情も、ほんの一瞬で別のものになる。
私は、その変化の中に美しさを見いだしている。
だから、モデルの動きをできるだけ止めたくない。
ポーズが完成するのを待って撮るのではなく、ポーズから次のポーズへ移っていく、その途中にこそ優れた一枚が生まれることがある。
写真家の予想を超える瞬間である。
私は、そうした瞬間に出会うために撮影しているのかもしれない。
優れたモデルと撮影していると、写真家は自分の想像を超えた表現に出会うことがある。
そのような撮影では、写真家がモデルを撮っているのか、それともモデルに写真家が撮らされているのか、分からなくなることさえある。
しかし、それこそが人物写真の醍醐味なのだと思う。
モデルと写真家の間に生まれるもの
写真は、カメラの性能だけで生まれるものではない。
どれほど高価なカメラやレンズを使っても、優れた人物写真が撮れるとは限らない。
そこには、写真家の美意識と、モデル自身の表現力が必要になる。
そして、もう一つ大切なものがある。
それは、互いの信頼である。
モデルが自分自身を表現し、写真家がその表現を受け止める。
その関係が成立して初めて、単なる記録写真を超えた作品が生まれる。
私は、女性の身体を撮る場合でも、単に身体の美しさを記録しようとしているわけではない。
光と影、身体の線、空間との関係、そして何よりも、その人間が持つ存在感を写真に残したいのである。
美しい女性を撮れば、美しい写真になるというものではない。
美しい写真とは、モデルと写真家の双方の表現が、ある一瞬に重なり合ったときに生まれるものだと思っている。

Makinaというモデルが残したもの
私は、モデルに順位をつけることが好きではない。
人間の美しさは、単純に比較できるものではないからである。
若さにも美しさがあり、成熟にも美しさがある。整った身体にも、不完全さを含んだ身体にも、それぞれの魅力がある。
写真家がすべきことは、その人が持つ固有の美しさを発見することなのだと思う。
それでも、Makinaについては、はっきりと書いておきたい。
彼女は、私がこれまで出会ったモデルの中でも、最も優れたモデルの一人であった。
それは容姿だけに対する評価ではない。
私が写真家として追い求めてきた人物表現というものを考えたとき、彼女との撮影には、特別な意味があったのである。
長年写真を撮り続けていると、撮影した枚数よりも、誰とどのような時間を共有したかの方が大切に思えてくる。
写真は、時間を止める芸術だと言われる。
しかし、私には、写真とは失われていく時間の中から、二度と戻らない美しさを拾い上げる行為のようにも思える。
Makinaというモデルに出会い、彼女を撮影できたことは、私の写真家としての歩みの中で、忘れることのできない経験の一つである。
優れた写真は、写真家一人の力では生まれない。
そのことを、私はこれまで多くのモデルたちから教えられてきた。
そしてMakinaもまた、私にそのことを強く感じさせてくれたモデルの一人なのである。
Tetsuro Higashi
Photographer / Tokyo, Japan

Makina|写真作品・関連記事
私がこれまで撮影してきた数多くの女性モデルの中でも、 Makinaは最も優れたモデルの一人でした。 彼女の魅力と写真表現をご紹介します。