「初めてのヌード」情緒で観るヌード

私はアルコールが飲めない。 好きなのだが、体がアルコールを分解できないので、ワイングラス一杯で3日間は動悸は続く。 だから、飲みたいのだが飲めないのだ。 アルコールが飲めたら、人生、2倍は楽しめたと思う。 飲めたら、止まらないので、今、この世の人でないかもしれないが・・。 

こうして写真を載せてみるが、物理的データとしては誰にでも同様に見えているはずだ。 ところが、情緒を通して観ているのと、そうではないのとでは、月とすっぽんほどの違いがある。 視覚アートに関する情緒というものは、ある一定の人たちだけにしか持ち合わせないような気がする。 程度の差もあるのだろうが、殆どない者から、かなり豊かな者までいることは事実である。 

文字に変換して世界観を語る「文学」は別にして、音楽と視覚アートに関して普段から思うことを率直に書いてみる・・ YouTubeを見ていると、テレビや新聞などでは得られない情報や知識が得られる。 ホリエモンに関しては、社会的・経済的視点が斬新で感性豊かで発想の意外性はご存じのとおりである。 最近盛んに顔を出すようになったのが、数学の天才で数量学者でもある高橋洋一。 元大蔵・財務官僚で、内閣官房参与をしていたこともあり、政界・経済界へ精通している。 様々な政治経済・社会問題に至るまで、”正論”を言い放っている。 解剖学を専門としている養老孟司先生の公演ビデオは素晴らしい。 世間一般人とは全く違う視点で(自然を)見ることを説いている。

ホリエモン、高橋洋一、 養老孟司 先生。 彼らは非常に頭が良く、異常なほどに好奇心が強い。 当然のごとく教養豊かで話が面白い。 それぞれの分野で飛び切りの感性を有しているのだろうが、情緒レベルは普通の人と思われる。 優秀であることと情緒豊かであることの間には相関関係がないことが分る。 

アルコールが飲めない話に戻しますが、飲めれば人生を2倍楽しめたように、感性が研ぎ澄まされ情緒豊かな人は(同じ画像データを前にして)2倍、いやそれ以上楽しめるのだろうと思う。 単なる性的好奇心で終わってしまうことが、視覚的、知的好奇心に至る世界まで(自らを)導いていくことですから、これ以上の”贅沢”はないわけです。

性的好奇心では終わらせず、視覚的、知的好奇心まで観る者を”引きずり込む”のは、それなりの”心得”が必要になります。 この撮影をして、編集してこうして載せていく過程を紹介してみましょう・・ とはいえ、これから書くことは自己満足の類であり、私のやり方ですので、感性を同じくする人たちには参考になるかもしれません。

世の中にはヌード画像は溢れてますし、このブログでも溢れてますが、そんな中で、(スルーされることなく)目を留めさせることはそれなりの心得は当然のようにあります。

上の画像に関しては・・・見た瞬間、Y字部分に目が行くでしょうが、それには”布石”がありまして、左上に(無意識のうちに)眼に入るバストトップの存在があります。 この二か所のバランスの中に画像の構図があります。 そのバランスの中に、下腹部から太ももにかけての豊満な肉感に満足するわけです。 ここから先が大切で、右上の真っ黒で見えない世界へ、自らの勝手な想像(ストーリー)は始まります。 この画像は完ぺきではありません。 豊満な肉体はありますが、人物の表情がありません。 その不足を捜しに下の画像へとスクロールしていくわけです。 いつの間にやら、この画像から離れ、解放され、フェードアウトしていくことになります。 

私がしていることは、不完全・未完成な画像を提示しているだけで、この画像をどう見るかは、観る者に任せている・委ねているわけです。