”悲しくも幸せでありたい”

人の存在を認識するとき、

そこには「心」を宿す「体」があり、

その場所を与える光の織り成す「背景」がある。

私が望むものは・・

健康な体とそこに宿る”悲しくも幸せでありたい”と願う心であり、

それらを与える日常である。

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