「群れを成す」

「群れを成す」

大人社会ではテレワーク、子供社会ではオンライン授業なるものが始まった。

私は勤め人ではないし、大人社会のことは疎いので、

オンライン授業のことについてコメントしたい・・

子供たちの様子を見ていると、成績上位半数の子にとっては、

オンラインの方が勉強がはかどり易いように見える。

しかし、成績下位の子にとっては、マンツーマンに近い形で

指導した方が良いように思える(オンラインではほとんど学べない)。

コロナ禍で、仕方なく始まってしまったことでも、

2,3年経てば元に戻ると思っている方が多いと思いますが、

僕はそうは思いません。

教える側の先生も教わる側の生徒も、

オンラインの”妙味”を覚え始めてます。

だから、オンライン形式の授業は必ず残ると思います。

残るというよりも、むしろ、大きな流れになっていくと思われる。

共稼ぎの親たちにとっては、

学校はとても都合の良い”預け場所”になってきた。

その上、勉強も教えてくれるし・・ということで。

ところが、”丸投げの場所”としての”安全な学校”の在り方が、

今、崩れ始めている。

(最も大切な教育をどこかに丸投げしてること自体が間違ってるのだけれど)

不登校の子供たちの多くは、学校に馴染めないことがその理由となっている。

日本の社会の在り方もそうだけど、集団で学ぶ学校も「協調性」を強いる。

その「協調性」を受け入れられない子供が不登校になり、引き籠りになる。

引き籠りは子供だけでなく、大人もたくさんいるね。

(40歳以上の引きこもりは全国で70万人以上いると言われる)

社会も親たちの多くも、協調性の意味を次のように考えている・・

他人(周り)と仲良くすること。 このことは、良くも悪くも、

この国特有の”村社会”が生んだ知恵(慣習)なのでしょう。

(人は他者とそれほどかわらない・・という発想から来るのでしょうか)

方や、大陸に住む人たちの多くは、人はそれぞれ違うので、

他者に対して積極的理解がないと社会が成り立たないと考える。

その違いを積極的に理解することが「協調性」を生むと考える。

自我の強い子や”慣れ合うこと”を嫌がる子は、学校には行きたくなくなる。

ましては、”群れを成すこと”を強要されては、不登校にもなる。

テレワークであれオンラインであれ、多様性を受け入れるという意味では、

時代は良き方向へ流れていると思う。

コロナ禍でのストレスが問題になってますが、

同時に、ストレスから解放された人も多くいると思う。

画像はGalerie#1317 にて撮影。

これまで撮影したモデルさんがたくさん尋ねてくる。

開場を閉めてから、短時間だが、撮影することになる。

 

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