Galerie#1317

Galerie#1317 連休中・開催

コロナ禍では、暇になると思っていたが、

実のところ、むしろ忙しくなってきた。

仕事上で新たな対応を余儀なくされたし、

先の予測がつかないので、ある種の想定をしながら

準備することになる。

コロナの脅威は日々感じているが、

時代が否応なく変わらざるおえないことになれば、

私はそれをむしろ歓迎している。

膠着状態はうっとおしいが、それをどう受け止めるかは別として、

新たな価値観が生まれることは楽しみでもある。

一方で、飲食を例にとれば、ラーメン屋さんとか飲み屋さんとか、

個人営業者は軒並み閉店へ追い込まれそうだ・・家賃が払えない。

(この事態における自殺者は、コロナによる死者を上回る・・政治の無策)

私には感じられるのだが、マックとかゼンショーなどという大手は

この危機をチャンスにしようと、虎視眈々と動くタイミングを伺ってるだろう。

2年後には、個人の店は少なくなり、

チェーン店・フランチャイズばかりとなり、

ますます、同じような味の店ばかりになりそうだ・・嫌だね。

これまでの無限の選択から有限の選択を強いられる(食の不自由?)

また、付加価値でお客を集めていたお店などは無くなっていくだろう。

雰囲気の良い洒落た店だと、テイクアウトも、出前もできない。

そもそも、付加価値で高い値段を設定しているので、

そうでない店とは競合できない。

僕のような昭和の時代の人間は、付加価値のあること(物)を贅沢として、

それを得れば、幸せ気分を味わえた。

この種の幸せ気分(価値観)は今後、失せていくのだろうか。

この失せていく実感は現在進行形で(僕の中では)進んでいる。

それなら、これからの時代は何をもって「幸せ」と言えるのだろうか?

自問自答は始まるが、その答えは見えてこない。

1年後くらいにワクチンが出ても以前のような状況には戻らないだろう。

いるものといらないものがはっきりする。

満員電車の混雑状況はかなり緩和されるだろうし、

無駄な会合・会議などもなくなる(時間的余裕が出てくる)。

必要最低限のインフラなどは変わらないにしても、

あれもいらなかった、これもいらなかった・・ということに気付く。

これからは「個人の真の自立」が問われそう。

公務員になるとか、大企業に勤めるとか、、

そういう、何かに寄り掛かって生きていくことが安泰ではなくなる。

AIの進化から、人は労力から解放されるが、

同時に、自分の居場所も無くす。

大きな組織になるほど、人はいらなくなる。

「必要とされない自分」を許せないなら、

自ら「存在の証」を立てるしかないのだろう。

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