AI 人口知能

数十年後、数百年後にはアートの領域さえ、人工知能が勝る時が来るのだろうか。

創る方はともかく、評価する方は人工知能が優れている・・という時代になるかもしれない。

スポーツにおけるビデオ判定のように。

 

それを創るのは人間なのだから、その人間を超えていくことはあり得ない・・

という、楽観論はあるだろうが、

車の運転に関して言えば、数年後には僕よりAIの方が運転は上手なのでしょう。

この時点で、既に人を上回ってる。

膨大なデータをインプットすれば、数秒後には的確な答えを導く。

”判断”という人間の聖域さえも危うくなる。

 

人間の労力でされていたことのほとんどはAIとロボットが取って代わる。

失業者が増え、富の格差がますます広がるのではないか?

ほんの一握りの金持ちに巨万な富が集中する。

一部の金持ちと多数の貧困層が生まれる。

・・・知性的人たちはこのような悲観論を唱える。

このままではいけない!と。

 

でも、僕はそんな心配はいらないと考えている。

現在のような事態は産業革命以来初めてのことで、

力仕事や人の嫌がる仕事のほとんどはロボットやAIがしてくれることで、

多くの人が時間を持て余すようになる、

余暇が増えるということ。

 

また、貧しい者の生活が脅かされる事態にはならない。

なぜなら、社会の秩序を維持するために富める者が富の分配を図る。

歴史から学んだ英知とはそういうもの。

現代はその過渡期なので、ある種の危機感はありますが・・

 

 

 

 

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